フランス南東部、アルプ‐マリチーム県の村。ニースとモナコの中間に位置する。中世に異教徒からの攻撃を防ぐために、急峻な岩山や丘の上に城壁をめぐらして築いた「鷲の巣村」の一。(大辞泉より)
エズ(E`ze)はフランス南東部コート・ダジュールの街。ニースとモナコの中間に位置し、多くの観光客が訪れる。 エズ周辺には紀元前2000年頃に居住が開始された。E`zeの名前はサン=ローラン・デズ("St. Laurent d'E`ze")と呼ばれる港として、Antoninの海事本に見受けられる。この地域はローマ人だけでなく、973年にプロヴァンス伯ギヨームによって追い払われるまで約80年間ムーア人による支配を受けた。 1338年まで街はサヴォイア家の管轄下にあった。近隣のニースに備えるために、サヴォイア家は街を要塞化した。 エズはフランス地中海の上方の標高427mに位置する高い崖を見下ろす場所にあるため、「鷲の巣 (eagle's nest)」と言われる。高い標高のため、村と明るい黄褐色の教会は遠方から確認することができる。教会内では、エジプトの十字架が、村のルーツがポエニ人の時代に遡ることを思い起こさせる。彼らはイシス神を称えて寺院を建設した。 伝統的に、モナコ公国の領土はエズ村から地中海岸に沿って、現在のイタリアとの国境であるマントンまでと考えられていた。 (提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
エセイサ国際空港(スペイン語:Aeropuerto Internacional de Ezeiza、英語:Ezeiza International Airport)は、アルゼンチン共和国の首都、ブエノスアイレス郊外のエセイサにある国際空港。正式にはミニストロ・ピスタリーニ国際空港(Aeropuerto Internacional Ministro Pistarini)だが、所在地のエセイサからエセイサ空港(Aeropuerto de Ezeiza)と呼ばれることが多い。アグスティン・ペドロ・フスト・ロロン大統領時代(1932年〜1938年)に建設大臣だったファン・ピスタリーニにちなんで名付けられた。1935年法律第12.285号によりファン・ピスタリーニが国会に提出した計画が両議院で可決されたものの、1945年に本人がエデルミロ・フリアン・ファレル大統領の副大統領に任命されるまで工事は開始されなかった。 (提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
六大州の一。ヨーロッパの南方に位置する大陸。北は地中海、東はインド洋、西は大西洋に囲まれ、スエズ地峡でアジアと接する。赤道が中央部を横断。19世紀以降、大部分をヨーロッパ諸国が植民地としたが、第二次大戦後、民族解放運動が盛んになり、独立国が相次いで誕生。特に独立が集中した1960年は「アフリカの年」とよばれる。(大辞泉より)
アフリカ(Africa, 阿弗利加,非州)は、広義にはアフリカ大陸およびその周辺のマダガスカル島などの島嶼・海域を含む地域の総称で、六大州の一つ。地中海を挟んでヨーロッパの南に位置する。狭義には、サハラ以南アフリカ(Sub-Saharan Africa、サブ・サハラ・アフリカ)を指すことが多く、しばしばブラックアフリカとも呼ばれる。面積は3,030万平方キロメートルで、世界全体の22.3%を占めるが、人口は8億5,000万人で、世界人口比では13.7%を占めるに過ぎない。現在は53の独立国によって形成されている。 アフリカは人類の発祥の地と言われている。サハラ砂漠以南のアフリカは、かつてヨーロッパ諸国から「暗黒の大陸」と未開の地のように呼ばれたが、ヨーロッパに知られていなかった(あるいはその存在を認めようとしなかった)だけで、実際には古代から文明があった。 サハラ砂漠が大きな境で、この広い砂漠の北側を「ホワイトアフリカ」、南側を「ブラックアフリカ」あるいは「サブサハラ」と呼び分ける人もいる。 アフリカは北アフリカ、中部アフリカ、東アフリカ、南部アフリカ、西アフリカに分けられる。また、略称阿,非である。 (提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)